高専と私のかかわり

  • はじめに

  •  2004年度機械工学科卒の山本純一(やまもと・じゅんいち)です。 卒業後は東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)に就職しました。私が在学 していた頃は、就職氷河期といわれた時代の最後の方で、有功求人倍率が やっと上向き始めた頃でした。後述しますが、目標としていた鉄道会社に就職 でき、仕事内容も私自身の肌に合ったものでしたので、モチベーション高く 日々の仕事に臨んでいます。

  • なぜ高専の機械工学科を選んだのか?

  •  私はかねてより鉄道好きで、誰もが憧れると思いますが、運転士になりたいと 思っていました。高専で機械工学科を選んで入学したのも、単純に「機械関係に 強いほうが仕事で役立つだろう」という理由からでした。
    実は親父が昔からラジコンが趣味で、ボール盤やグラインダ などに馴染んでいたのもあります(笑)
    入試は高校と日程がズレているため、人によっては「私立」「高専」「公立」と 3つの入試を受ける人もいます。 私は私立は受けませんでしたが、公立は願書を出し、高専の合格を受けて公立入試 を辞退しました。

  • 高専の機械工学科を選んで良かったことは?

  •  中学校の技術・家庭科などの授業で「木工」や「電工」を行うと思います。しかし、 高専の機械工学科では「金属加工」がメインになり、特別な工具や機械を使用して 素材を加工する実習も数多く設定されています。モノを作るときには、設計し図面 を描き、材料を発注し、加工・組立てを行うという流れがありますが、これら一連の 流れを講義や実習のなかで勉強できるのが高専の機械工学科の強みだと思います。

  • 高専の5年間で印象に残っていることは?

  •    私は高専生活の中で特に次の3つが良いものだったと思います。

    1. 寮生活

    2.  高専の1〜2年生は全員が寮生活になります(注:今とは規則が違うかもしれません)
      私が寮生活していたころは、携帯電話が高校生の半分くらいまで普及していましたが、 新入生は夏休みすぎまで所持禁止だったり、パソコンの持ち込み制限があったり(寮の消費電力の関係)した のは、学校のシステムとは真逆のアナログな世界でした。
       下級生は2人部屋なので、入学当日に初対面の相方と部屋で出くわす形になります。 相方との相性などは、一緒に生活しながら見極めていかなければなりませんが、 「初対面の人とうまくやっていく」という能力は社会に出てから必須の能力だと 思いますので、最初に克服しなければならない課題といえます。長期休暇以外の私生活が 一緒なので、「自分が引く」「押すところは押す」という使い分けが自然と身に付くと思います。
      光峰寮2F? 汚い部屋ですが・・・

    3. ロボコン

    4.  高専で唯一、定期的にテレビ放映され対外的なアピールができる競技です(笑)。
      ある意味知る人ぞ知る、 という面もありますが、ロボコンをやりたくて入学する学生もいるくらいです。
       最近はクラブ活動の扱いになっていると聞きますが、私がいた頃は有志のプロジェクト的なものでした。 高専は科により専門特化している分、ロボコン以外に学生が系統横断で技術を生かす機会が少ないです。 実戦で発想力や技術の応用力が磨ける場になっています。
       毎年4月にNHKから競技課題が出され、10月頃の地区大会にむけてマシンの構想、設計、加工、調整、試運転 が繰り返されます。夏休みや土日もフル稼働で、大会近くになると徹夜の作業が続きました。 私たち機械工学科は部品加工や設計の面で強くなるだけでなく、電装やプログラミングをする 仲間ともミーティングしながら進めていくので、他の系統の技術を理解することにもつながりました。
      マシン調整中@ロボコン部屋 2002年全国大会 国技館楽屋にて

    5. 卒業研究

    6.  高専は5年生になると、各科の教官の研究室に所属して「卒業研究」を行います。テーマを決め、 一年間かけて実験と検証を繰り返し、卒業論文を完成させます。研究室によりさまざまな特色 がありますので、新しい技術にチャレンジする件名もあれば、地道に試験を繰り返しデータの 分析をするような件名もあります。
       私はマイコンによる磁気浮上制御について1年間かけて実験を行い、かなりの力技ですが なんとか目標の磁気浮上を成功させることが出来ました。「磁気浮上制御」というもの自体、 機械領域よりは電気工学や制御工学の分野なのですが、そういった境界領域の技術は双方の 知見を必要とするため幅広く見識を持つことができます。
       ロボコンと同じく、徹夜で研究室に泊り込んで製作したこともありますし、最後は教官の 計らいで機械学会で発表する場も作っていただきました。
      完成した磁気浮上実験装置2004 研究室も5Sしなくては・・・

  • 就職してからの仕事は?

  •    2005年4月にJR東日本へ就職し、鉄道車両のメンテナンスを行う部門に配属されました。

    1. 新入社員研修・総合車両センターでの基礎実習

    2.  JR東日本の車両メンテナンスの仕事には、大きく分けて車両を部品単位で細かく解体して検査修繕を行う「総合車両センター」と、 編成の状態のまま検査修繕を行う「車両センター」という2種類の職場があります。
       入社1年目は「総合車両センター」を実習しながら、基礎的な検査修繕技術や車両の内部構造を勉強 する期間になっています。高専の中では「モノづくり」が中心に据えられて実習がありましたが、 「メンテナンス」というものは、劣化の兆候を把握したり、使用限度まで磨耗した部品などを取替えたりすることがメインです。 メンテナンスのデータから、さらなる効率化、低コスト化を目指すために部品の改良や改造を行い 設計にフィードバックすることまで広義のメンテナンスの一環になっています。
       総合車両センターには車両を構成する車体の配線、リレー、配管、電磁弁、モーター、台車など部品ごとに修繕を担当する 職場があるので、期間を区切ってローテーションしながらメンテナンス方法を学びました。
      車体の修理中 車体の修理中
      コンプレッサ 主電動機

    3. 車両センター配属・交番検査業務

    4.  1年間におよぶ総合車両センターでの基礎実習を終え、2006年5月に「車両センター」へ配属と なりました。車両センターは、故障した車両の修理を行うほかに、法令で定められた検査を行う 役割を負っています。配属されてから最初に受け持った仕事は「交番検査」業務でした。
       交番検査は90日を超えない期間ごとに車両の各部分の点検を行うもので、自動車の車検の イメージを持ってもらえば分かりやすいかと思います。パンタグラフのスリ板やブレーキパッドなど、 消耗品などを取り替えるほか、コンプレッサやギヤ箱に給油を行い、潤滑状態を維持します。 また、ドアやATS、冷暖房、各種のスイッチ類が正しく動作するか、配線の劣化や配管からのエア漏れを 起こしていないかなどを1日かけて検査していきます。1編成の車両を検査するさいは、 車種や両数によりますが、10両編成なら7人くらいで作業班を組んで行います。
      よく使用する工具類
      交番検査で使う主要な道具


       基本的にはパンタグラフを下げて無通電で電気機器や台車廻りを検査し、 パンタグラフ上げて通電した状態でその他部分の検査を行います。 正常動作の状態を検査するのですが、油切れで動きが悪くなってきたり、 ボルトが緩みかけた状態の部品が発見されることもあります。軽度なものはその場で直しつつ、 他の車種にも波及する可能性があり危険度が高い事象は、一斉点検として全社的に検査を行うこともあります。 (自動車でいうリコールのようなものですね)
       あわせて点検のマニュアル作成や、効率的な検査を行うための検査作業の自動化、治具作成など、 現場ならではの改善活動も行っています。私が所属している間に新型車両の導入があり、 新たな機器に対して検査工程を考えて模擬検査で検証をしたり、安全対策で保護カバーを 作製したりする機会がありました。「ありあわせのもので、それなりの機能のものを作る」 というのは、高専でのロボコンでの経験が役に立っていると感じます。
      屋根上点検 連結器点検

    5. 職場内異動・仕業検査業務

    6.  交番検査の業務を2年2ヶ月行い、2008年8月からは仕業検査の担当となりました。 交番検査が8:30〜17:00の日勤の仕事であるのに対して、仕業検査は8:35〜翌日8:05 とか、9:05〜翌日8:35というように泊まりの仕事なっています。 社内では一交勤務と呼んでいます。もちろん、食事のための休憩時間や、夜は 仮眠時間もありますので、ぶっ通しで仕事するわけではありません。
       本線を走る列車は清掃や給水などをするために車両センターに入区するよう運行が計画されており、 このタイミングで30分ほどかけて、車両の検査を行うものが仕業検査です。 社内規定では、6日以内に一度施工しなければならないことになっています。 交番検査と違う点は、通電状態の機器の動作確認に主眼が置かれ、2人ペアで行うことです。
       鉄道会社は24時間体制で列車運行をしているので、車庫を抱える車両センターも、 一日走りつづけた列車が20時頃〜夜中1時ごろにかけて入区して留置され、 翌朝4時頃〜7時頃にかけて出区していきます。このため、遅番の担当は 入区する車両で不具合がある場合に修繕対応を行い、早番の担当は出区する 車両で不具合がある場合に応急処置を行うことで安定輸送を確保しています。 「よそのマクラでも寝れる」というのは高専の寮生活が基礎になっていると思います。
       この他にも、車両センター構内で車両の分割併合を行ったり、降雪のさいには ポイントが凍結しないように融雪器を点火したりと、昼夜を問わず運行に関わる 業務を行います。
       特に人身事故や車両故障が起きたときには、東京にある「指令」が、 ダイヤ回復のために列車の運休や行き先の変更を決めるのですが、これにより 検査期限切れが発生したり、修理予定の車両が早期に入区できない場合は 車両交換の手配を行わなければなりません。また車種や両数により入線できる範囲が 決まっているため、すべての編成が運用の条件を満たしているかを確認しながら、 車両運用の計画を行っていきます。
      運転台の検査 信号所でテコ扱い

    7. 転勤・派出検査業務

    8.  仕業検査の業務を3年2ヶ月行い、2011年10月からは派出検査の担当となりました。 派出検査の仕事内容は、場所により違いが多いのですが、大別すると3つあります。
       @列車の分割・併合業務
       A車両故障に対する修繕、応急処置
       B仕業検査業務
      職場の場所が、「車両センター」は駅から少し離れた車庫で業務を行うのに対して、 「派出検査」は@やAの仕事の特性上、頻繁にホームへ仕事に行き、即応が求められるため、 駅内に設置された詰所を拠点に業務を行います。
       私がいる派出では駅での分割併合がないため、Aの本線での車両故障に対する故障修繕、 応急処置がメインの職場で、毎日2人が一交勤務で待機しています。
       仕事のイメージとしては、JAFのロードサービスのように、故障して止まってしまった 車両を自力で動かせるように復旧したり、客室内や運転台の設備が壊れたときに 部品の交換や仮修繕を行い、列車に遅れや使用制限を出さないようにする仕事です。 これまでの交番検査や仕業検査は、車庫で定期的な検査をすることで、故障の予兆 を見つけて修繕を行う仕事でしたが、派出検査の仕事は本線上でお客さまが乗っている 車両の故障に対して処置を行うので、判断ミスが即事故につながったり、列車の遅延増大 につながります。幸い車両が新しくなりつつあり、大きな故障は減っていますが、 交番検査や仕業検査で対処した方法がそのままでは適用できないことも多く、 また走る列車に対して出来ることが限られているため、歯がゆいこともあります。

      現在も派出検査にて日々の車両故障に対する応急処置を行っています。

  • 今後の仕事の見通しは?

  •  私は入社してから一貫して現場で電車の検査修繕の仕事をしてきました。
    車両センターの業務には、この他にも「機動検査班」とか「技術管理室」といった 業務があり、「技術管理室」のなかには故障担当、指導担当、運用担当、計画担当、 統計担当などがあります。 このうち、故障担当は車両故障の徹底的な原因調査と、対策の立案・実施といった 品質管理業務を行っています。私が経験してきた仕事を振り返ると、
     交番検査では1日かけて検査修繕することからくる「洞察力」、
     仕業検査では所内各所と連携して車両を検査修繕する「協調力」、
     派出検査では五感と計器類から的確に現象を捉える「判断力」
    を磨き上げてきていると思います。これらを活かして技術管理室で故障担当の 業務をやりたいと思っています。会社は全員が管理者を目指すよう勧めていますが、 私は現場のプロフェッショナルとして着実に技術屋を目指して行きたいと思っています。

  • JR東日本の車両部門について

  •  これまで鉄道会社は車両メーカーから車両を購入し、ユーザーとしてそれらを 運用し、列車や駅を利用するお客さまから対価を得てきました。 JR東日本は、そういった受身のユーザー企業から一歩抜け出し、 1994年に操業開始した新津車両製作所のほか、2012年4月からは 総合車両製作所(旧・東急車輛製造)という2つの車両製造部門があり、 高専などで勉強してきた製造技術が活かせる職場が増えました。
     いまやJR東日本の車両部門は、設計・製造・メンテナンス・ 改造など、単なるユーザーとしてだけでなく、車両のライフサイクルの 全ステップを網羅できる技術力を有しています。 JRはかつて国鉄でしたが、今年(2012年)で国鉄採用と JR採用の人数構成比が逆転し、これからは急激に若返りが進んで いきます。JRの車両部門に興味がある方、あるいは 高専で機械を勉強したいけどその後はどうしようかな、と考えて いる方は、ぜひJR東日本も検討してみてください。


    最終更新日:平成24年4月26日
    (c)山本 純一